だれでも世界で一番いい住まいに住めるんです。
なぜなら、あなたにとっていい住まいであることが、あなたにとって世界で一番いいということだからです。
私はそのお手伝いをします。
代々建築業を営んでいる私どもが、あなたの一番の住まいで、豊かな生活のためのお手伝いを全力でします。
私の会社はシンプルハウス/平松組といいます。
平松組は父の祖父にあたる平松門太郎が大工として明治36年頃平松組を創業し、
門太郎の長男であり、私の祖父にあたる平松義門が昭和34年に「株式会社平松組」を設立しました。
(写真は、昭和40年代の工事風景と、戦前の建築確認申請書)
その総合建築業としての「平松組」に対して、エコを意識した住宅専門のリフォーム会社として
「有限会社シンプルハウス」を平成16年に設立しました。
シンプルハウスの名前を付けるとき、100以上の候補を出し、いろいろ組み合わせたりして決めました。
自分の中で一番やりたいことを直球ど真ん中ストレートに表現してみました。
「普遍的で正直な家を造りたい」
そう思って付けた名前で、今では株式会社平松組のブランドのような会社です。
あるものをうまく生かして最高の空間を作るリフォームはさらに多くなっていくと思っていました。
そこで、時代に先駆け、大規模なリフォーム、今で言うリノベーションに挑戦しました。
当時はリノベーションという言葉はまだありなく、部屋のすべてを変えてしまうリフォームや、中古の家を買って、フルリフォームするという例はほとんど聞いたことがありませんでした。
家と言えば、
* ハウスメーカーで建てたり
* 工務店で建てたり
* 分譲戸建て住宅を買ったり
* 分譲マンションを買ったり
* 持ち家をリフォームする
といった選択肢しかなく、
* 中古を買って好きなように改装する
という例はまだまだ特殊でした。
まさに、今リノベーションといわれている手法です。まだ、世の中にないものを提案するのは大変なものです。
そのため、人に勧める前に
実験的に自宅として購入した古い公団系マンションをフルリフォームしました。
それが2001年のことでした。
自分で住むからには、自分の気に入った仕様にしました。
* 無垢の木の床
* 塗り壁
* タイル
* アイランドキッチン
* 壁面収納...
上質で心地よいものを選びました。
特に無垢の木の床は、足触りもよく快適です。
当時は合板のフローリングに押されて、
ほとんど選ばれることがない時代でした。
その頃から、心地よいこと、エコであることをとても意識していました。
そんな、中古住宅を自分だけのオリジナル仕様にする例など珍しい頃に
手がけたせいか、感度の高い方の目に止まって、
声を掛けてもらうようになりました。
木の素材を活かしたい、
古材を使いたい、
オーダーのオリジナルキッチンにしたい、
しかもタイルのキッチンに
建築というのは素材にバラツキがあるものは敬遠されるのですが、
普通の建築会社なら嫌がるようなことに積極的に挑戦しました。
もちろん、それは平松組の長年の実績が
あったからできたことだと思っています。
そんなことが認められたのか、
幸いに仕事量も順調に伸びていき新しいスタッフも入りました。
いくつかの問題が生まれるようになってきました。
現場を一番大切にする父のやり方
現場がすべてである職人の考え方 と、
現場以外にもお客様の気持ちなど大切なものがある
と思うようになった私の考え方の間に
溝が生まれてきたのです。
私と父・職人はその考え方の違いのもと
仕事のやり方などで口論をすることが多くなりました。
ただ、口論できるだけまだよかったのかもしれません。
まず、現場作業により近い男性のスタッフが
辞めると言い出しました。
そして、そんな社内の問題をはらんだときには
新たな問題も生まれるものなのでしょう。
その時、大きなリフォームを2つ請けていたのですが、
時を前後して2つの工事にクレームが発生しました。
そして、男性に続き、女性スタッフも辞めていきました。
それらのことが重なり、私は完全に参ってしまいました。
うつ状態とまではいかないまでも、仕事への情熱を失いかけました。
そんな時、家族や周りの人に助けられました。
ぼろぼろになった私を暖かく見守ってくれました。
そしてその年の初めに、
目標としてヨーロッパの旅行を掲げていたので、
家族や会社に甘えて、
個人でドイツのエコ建築ツアーに参加しました。
僕の中のシンプルハウスに現実に出会ったのです。
「自分の夢をコルクボードに貼って毎日見ると夢が叶う」
そんな夢実現方法の本を読んで、素直に実行していたのです。
そして、毎日その風景写真を貼ったコルクボードを見ていたのです。
それが、今現実にヨーロッパに来ていて、しかもその写真の草原に似た風景が続き、
時折コルクボードに貼った写真のような木の家が目の前を通り過ぎるのです。
「僕は呼ばれてここに来たんだ」
素直にそう思いました。
思えば、あのときの悩みやつまずきが
「僕の中のシンプルハウス」
に気づかせてくれたのかもしれません。
あのときの失意がなかったら
その場所に行かなかったかもしれないのですから。
呼ばれるようにして私は
「僕の中のシンプルハウス」に出会いました。
私の作りたかった原点を思い出させてくれたのです。
ドイツは、環境にとても意識が高い国で、
建築にもエコロジーの考え方が盛り込まれていました
床や外壁に近くで取れる木材を使っていました。
また石組みの外壁に、
地域の土や漆喰の塗り壁で仕上げていました。
それらは技術的にはいろいろな工夫がなされていましたが、
よくよく考えると、日本で以前作られていた
建築の考え方そのものだと気づきました。
それは、平松組が創業以来していたやりかたそのものでした。
『平松組がもともとやっていたことを、続ければいいんだ。』
私の原点と平松組の原点は同じだったのです。
そのことに気づいて以来、
私のところにはありがたいお話しがいただけるようになりました。
ラジオや新聞掲載や、賃貸住宅業界の祭典である
「賃貸住宅フェアin名古屋」にて、
吹上ホール集まった多くの方を対象に
リノベーションについての
セミナーの講師をさせていただきました。
活動の幅は広がりましたが、私の想いはひとつです。
それは、ドイツで見たような小さな、しかし豊かな住まいをこの日本でも作り、
豊かな生活を送る人がもっと増えることです。
大好きなことが大切になってくる
自分の大好きな家に住んで、お互いの豊かさに感謝できるように、
豊かな生活のためのお手伝いをします。
私は全力であなたを応援します。
ご縁に感謝致します。
平松シゲオ